崖の上のポニョの舞台モデルはどこ?

海50986495 みやざきはやお

崖の上のポニョの舞台は、広島県福山市鞆の浦だといわれています。ジブリの映画に出てくる街にモデルはなくて、そこに行ったからと言って物語の風景に出会えるわけではないとのことです。が、実際、ジブリの社員旅行で訪れた町、が瀬戸内海の鞆の浦。宮崎駿氏は、すっかり、この場所を気に入り2カ月もの間、滞在。ポニョという物語のインスピレーションを呼んだ街とはいってはいいのではないでしょうか。

広島、鞆の浦って?

a847e23f4aa49268213c0bbc0fa87592_s

日本で最も癒される街、鞆の浦

鞆の浦のキャッチフレーズです。広島県福山市の港湾で、古くからその風景の美しさが知られた、歴史の残る街です。鞆の浦の周辺では、多くの潮の流れがあり,“潮待ちの港”としても有名だったそうです。

昔の短歌になどにも、その風景の美しさが歌われています。お正月のBGMとして知られる“春の海”は、筝演奏家の宮城道雄さんが、子供のころ失明する前に目に焼き付けていた鞆の浦の風景をモデルにつくられたそうです。美しく上品なこの曲。それだけ、鞆の浦の海は美しく、穏やかだったのでしょう。このエピソードをきくとと、さらにそのやわらかな海のイメージが広がります。

瀬戸内海の海は、本当に穏やかで、真っ青にひろがります。何度か、瀬戸内には訪れているのですが、ゆったりと、また船に乗って、海を渡りたいと思います。風もやさしく、海の光が、私の知る海の中では、一番溶け込んでいるというか、やさしく、きらきらひかり、時には青い海を白くうつします。

この港町は、歴史の香りも色濃く残し、人間関係も一昔前の密なものが残っているそうです。ポニョの物語のイメージが生まれたのも、これだけの材料があったからでしょう。春の海とポニョ。想像はつかないけど。

宮崎駿氏滞在どうして?

2004年、瀬戸内なんて言ってジブリの社員旅行で訪れた、鞆の浦。それまで、描けないと思っていた海を題材にした作品。行ってみるととてもひかれるものがあって、2005年に2カ月、2006年にも構想のために鞆の浦の崖の上の家にこもったとのことです。

やはり、瀬戸内の海には、イメージを湧かせる不思議な魅力があるからではと思います。鞆の浦と言う人情味と歴史と生活感が密接に残る優しいイメージもジブリの街の仮想の雰囲気と合わさります。こういうところからも、海の作品を、フルアニメーションで作ろうという構想が生まれてきたのではと考えます。きらきら光る海面の下にはポニョに出てくる海の生物たちが混在していそうです。

結局どんなとこ?

瀬戸内の海を中心に鞆の浦を語ってきましたが、実際、鞆の浦はどんなところか、語ってみましょう。瀬戸内海国立公園鞆の浦とあります。

福山駅から鞆の浦を結ぶ交通機関として、トモテツバスがあります。名前からも分かる通り、昔は鉄道もされていたようです。そのバスセンターでは、崖の上のポニョに出てくる場所と似ているところを街並みマップとして作成しているそうです。港町の風景、リサカーが走った坂道かなり似ているところも探せるのでは。(すみません、ここにいったことはありません。)

鞆の浦についてみると

江戸時代の港湾施設は、港の入口を示す灯台「常夜燈」、風波から港内を守る防波堤の役目「波止(はと)」、
船体を修理する場所「焚場(たでば)」、積荷の揚げ下ろしができる石段「雁木(がんぎ)」、
船の出入りを管理する事務所「船番所」などこれらの施設がセットで存在していました。

現在では「常夜燈」「雁木」「波止」「焚場」「船番所」これら全て揃って残っているのは
全国でも鞆港のみだそうです。

a60f152f06257fe62313bf9573ccdb2b_s

リサがこの家の明かりは灯台なのと言っていました。今に残る常夜灯は、昔の人々の灯台、帰るところだったのでしょう。歴史的建造物もかなり残っています。

坂本竜馬のいろは丸にもゆかりがあり、現在、お向かいの仙酔島の渡し船、蒸気船の名前がいろは丸だそうです,鯛も有名で毎年、観光鯛漁もおこなわれています。本当、いいところのようですね。

あの埋め立てるって話は?

鞆の浦を埋め立てて、橋を架けるという話が20年以上前から。あったそうです。一躍ポニョで注目を浴びるとこの問題は日本中に。住んでいる人側の立場もあるので、一概によかったとは言えないけど、その案、正式に撤回されたとか・・是非はともかく、景観を守る、自然を守るってことを結構みんなで考えた、いい経験だったのでは。ジブリの力大きいですね。