この設定を見た鈴木敏夫プロデューサーは思わずこう言ったといいます。

「これじゃあ、観客が感情移入出来ませんよ」。

人と自然の争いと共生という本作品と似たテーマをもつ「風の谷のナウシカ」の主人公ナウシカが村を救うために旅立ったのに比べ、自分の呪いを解くために村を追放されて旅立つアシタカはたしかになんだか情けなくカッコ悪いですね。

アシタカ 呪い

これに対して宮崎駿監督はこう答えました。

「それが最大の特徴なんだ」。

映画のみならず、ドラマでも小説でも漫画でも、エンタメ作品で主人公に感情移入できない物語は受け入れられません。

幸い「もののけ姫」は映画だから、観客が席を立ってしまうことはないでしょう。でも、これがドラマなら次回の視聴率は下がるかもしれないし、小説や漫画ならそこで投げ出されてしまうかもしれません。

その後にどんなに素晴らしい物語が描かれていても、視聴者が観てくれなければ読者が読んでくれなければなにも伝わりません。

スポンサードリンク

なのに、なぜ宮崎駿監督は、アシタカにもっと重要な任務を背負わせなかったのでしょう? どうしてアシタカのごく個人的な理由による、しかもカッコ悪い旅立ちにしたのでしょう?

 

このアシタカという人物、じつのところ最初のうちはあまり魅力的に映りませんでした。だって、あまりにいい人すぎやしませんか? 命が惜しいのが人間です。大きな問題に直面すればうろたえるのが人間です。

 

人間を憎んでいるサンを前にして、喉元に刃先を向けられた瀕死のアシタカはこう言います。

美しい

「生きろ」

「そなたは美しい」

と。

瀕死の人間が、それがいくらよくできた人物だとしてもこんな言葉が吐けるでしょうか?

スポンサードリンク

ベタに言えばアシタカの言動は「お坊ちゃん」すぎるのです。

普通ならもっと個人的なことで悩んでいいはずです。自分と向き合い迷う姿を描いていいはずです。人は迷い、悩み、その上で乗り越えていくものです。その姿こそが美しく、物語を推進させるエネルギーになるのです。

だからサンは美しく、魅力的です。同じようにエボシも美しく、魅力的なのです。なのにアシタカが口にする数少ない悩みは

森と人間が争(あらそ)わずにすむ道はないのか?

なんともクレバーな悩みです。まるで聖人のように。

 

でも、けっきょくこの善良なアシタカの思いがサンを動かしシシ神を動かし、エボシを動かし、物語を終局へといざないます。やがて自らの力で呪いを解いたアシタカはタタラ場に留まる決意をします。

アシタカ、強いですよね。死の十字架を背負いながらも果敢にその運命に挑み、自らの力で運命を変えてしまったのだから。

続きは次のページ!