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ジブリ「紅の豚」の美しすぎる舞台についてまとめてみました。

「紅の豚」はイタリアのアドリア海をめぐる物語。時代背景は1900年代初頭の世界恐慌時代。第一次世界大戦や、ファシズムのことが映画の中でも触れられています。

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「紅の豚」モデルとなった舞台は美しいアドリア海

宮崎駿監督の作品には「天空の城ラピュタ」「魔女の宅急便」など、美しいヨーロッパの町並みが現れますが、「紅の豚」においても印象に残るヨーロッパの町が描写されています。

アドリア海引用: tabippo.net/croatia-10/

本作品のモデルとなった町は東ヨーロッパに位置するクロアチアの中にある「ドブロヴニク」という町。

イタリアからアドリア海を隔てた場所に位置するドブロヴニクは、町を守るために城壁が取り囲み、白い壁とオレンジ色の屋根を持った家並みで彩られた美しい町で、「アドリア海の真珠」とも呼ばれヨーロッパの中に置いても屈指の観光スポットとして多くの観光客で賑わっている町。

よく世界の美しい絶景を紹介する番組でも登場してくる町なので、テレビでその光景を観た人も多いのではないかと思います。

アドリア海「ドブロヴニク」の歴史

城と町が一体となって共存する、いわばこのような特殊な成り立ちになるにはかなり昔までさかのぼることになります。

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海、ビーチに隣接するこの町は海洋貿易、とりわけ鉱石の産出湊として発展し、富を築くこととなりました。それ故にこの街は標的にされやすく、外からの攻撃に対し防御する必要があったわけです。城の形成は7世紀(日本では大化の改新があった時代ですね)から始まったと言われています。

 

その後、時代は中世へ。引き続き海上貿易の起点とした栄えたこの街の勢いは、その当時イタリアのヴェネツィアと並ぶほどだっと言われています。

もともとはイタリア人とスラブ人が多くを占めたこの町ですが、後にオスマントルコがヴェネチィアとの交戦に入ったのを機に、近隣国であったクロアチア人が移住してくることになりました。この頃にはすでに今の「ドブロヴニク」のような城壁と街が共存するようになったと言われています。

 

 

その後、ナポレオンの侵略もあって、この街は相変わらず戦いと隣り合わせの日々を過ごすことに。そして「紅の豚」と同じ時代である1900年代初頭、後のユーゴスラビア王国となるスロベニア、クロアチア、セルビア人の都市となります。

それでも安楽の日々はまだこの街にはやってきません。

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戦争の勃発

第二次世界大戦に突入し、その戦いが終結するとドブロブニクはユーゴスラビア社会主義連邦共和国の支配下に置かれます。1991年、ユーゴスラビアからクロアチアが独立を宣言したことで再びこの街が戦場となります。なので観光地として名を馳せ始めたこの街に安息の時間がやってきたのは、つい最近ということになります。

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ヨーロッパ大陸というのは日本と違って一つの大陸からなるので、一つの国にいろいろな民族が混在しています。私は現在、ドイツのベルリンに滞在していますが、ベルリンにおいてもトルコ人を始め、中東、アフリカ、北欧、さらにはアメリカ、アジア(多いのは韓国人)と多民族で構成された町。そしてその多民族性によって起きるさまざまな問題は、今でも課題として残されています。

 

この「ドブロヴニク」の街も、他のヨーロッパ諸国同様、戦争というものに振り回された街。でもこの街がこうして美しく、魅力的に感じるのには、そこに住まう人たちやクロアチアといく国の、必死な思いがあったからではないかと個人的には思います。

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島のモデル「ギリシャ」ザキントス島

また「紅の豚」でポルコロッソがアジトとして生活していた島には、いくつかの島がモデルになったのではと言われています。その中で、位置的に一番近いのはギリシャにあるザキントス島。

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映画ではマルコが秘密基地としていただけに、かなり特殊な地形。そんな地形がザキントス島の一端にあるために、この島を参考にしたのではないかと噂されています。ギリシャにはミコノス島やサントリーニ島を始め、美しい島々、ビーチが存在しています。

 

このように映画の舞台となった場所を目的に旅をするのも面白いのではないかと思います。そうやって自分たちの目でその風景を見ることで、またさらに「紅の豚」の奥深さが感じられるのではないでしょうか?私個人的にも一度は行ってみたい場所「ドブロヴニク」であり、「ザキントス島」です。