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「紅の豚」のその後について自分なりに考察してみました。

「紅の豚」のその後が気になります。

ジブリ「紅の豚」は歴代の宮崎駿監督の作品の中でも深く印象に刻まれる素晴らしい映画だと思います。映画の中において、主人公のボルコやヒロインのジーナのキャラクターもセリフもとても良くて頭の中に刻まれました。

 

そんな本作品のエンディングについては、はっきりとした結末は告げられず、観た人がそれぞれの結末を想像するような締めくくりとなっていました。だからこそこの「紅の豚」は観た人の頭の中に余韻が残される名作になったのではないでしょうか?

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私個人としては、ポルコとジーナはどこかで心惹かれながらも、結局つかず離れずの関係を続けていったのではないか?と予想します。

そしてそのような結末になることをポルコもジーナも、どこかで予感していたのではないかと思います。でもそのようなすれ違いのまま、一歩先を踏み込めない所に、奥ゆかしさや、大人っぽいものを感じてしまうし、またイタリアという国においてはそんな2人の関係もなんだか素敵なものに見えてしまうのではないかと思います。

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ポルコは人間の姿に戻ったのか?

映画の中でポルコがどうして豚になったのかという説明は出て来ません。

しかし映画を見ているうちにふとこんな風に考えました。戦争や、恋や友情など、いろんな人間同士のやりとりに嫌気がさして自分で自分に豚になる魔法をかけてしまったのではないかと。

 

そんなポルコに真っすぐに気持ちをぶつけてくる一人のキャラクターが登場してきます。飛行機設計士ピッコロの孫娘にあたるフィオです。フィオはやんちゃで男勝りで、思ったことをそのままぶつけてくる17歳の女の子。

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フィオがポルコの心を変えた!?

フィオにポルコは振り回されながらも、そのフィオのまっすぐな部分に対し「フィオを見ているとな、人間も捨てた物じゃねぇって、そう思えてくるぜ」と心を許していきます。

 

そんなフィオはポルコとカーチスの対決の後、勝者となったポルコにジーナの飛行機の上からすれ違いざまにキスをします。

「一番大切な時にとっておいたキス」がマルコを人間の姿に戻したのかは定かではありませんが、カーチスのセリフ「お前、その顔」「見せてみろって」から、おそらくポルコはマルコパゴットとして人間の姿を取り戻したのではないかと考えます。それがポルコに取って心から望んだことなのかどうかまでは分かりませんが。

ジーナとポルコはどうなったのか?

幼なじみ同士のポルコとジーナ。

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ジーナは三人の飛行機乗りと結婚しますが、三人とも死別。けれどそんなジーナは子どもの頃からずっと、マルコのことに思いを寄せていたのではないかと想像してしまいます。

 

またマルコもどこかでジーナが自分のことを思っていることに気付いていたのではないでしょうか?そんな2人の結末がハッピーエンドとなって欲しいと思う反面、先述したようにどこか一歩を踏み込めないままの関係を続けていたようにも思います。

そしてジーナはますます素敵な女性としてホテルアドリアーノで歌を唄いながら、テラスでマルコの飛行艇がやってくるのを待っているのではないでしょうか?

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フィオとは?

「紅の豚」のラストシーンはマルコとカーチスの対決のあと、みんなのその後というカタチで紹介されますが、そのナレーションを務めるのがフィオだということに何かヒントがあるのではないかと思いました。

最後がフィオによる目線で物語の幕を閉じることから、本作品である「紅の豚」は、成長したフィオが綴った「ポルコロッソ物語(またはマルコパゴット物語)」という1冊の伝記だったと考えることもできます。

 

フィオは最後「ジーナさんの賭けがどうなったのかは、私たちだけの秘密」と告げます。フィオがどのように成長したかは分かりませんが、一人の女性として、一人の設計士として魅力的に成長しているのではないかと想像します。

 

ミラノに帰る日になってもマルコは姿を現さなかったとフィオは告げていましたが、その後も2人はずっと会わないままだったのでしょうか?ジーナとマルコの行き先も気になりますが、フィオとマルコがその後どうなったのかも個人的には気になります。

 

でも、その後が分からないことが「紅の豚」が名作である理由なのかもしれませんね。