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スタジオジブリ「コクリコ坂から」は前作「ゲド戦記」の監督である宮崎吾郎監督の第二作。舞台は1960年代の港町横浜。東京オリンピックを間近に控え、日本全国にある種独特の熱気が帯びていた時代。

 

本作品はヒロインである海と、高校内にある男子文化部施設「カルチェラタン」の存続に向けて「週刊カルチェ」の発行や、体を張って守ろうとする風間俊との物語。そしてそんな2人が知り合い、距離を近づけることになるきっかけがカルチェラタンでもあります。

 

そんなカルチェラタンについて、元になったもの、そしてカルチェラタンの映画での影響について考察してみました。

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映画「コクリコ坂から」のカルチェラタン

このカルチェラタンは高校内にある男子文化部が集う施設で、風間と水沼の「週刊カルチェ」編集部を始め、哲学研究部、数学部、考古学部、無線部などかなり個性的なキャラクターが集まって毎日そこで活動をしています。

 

しかし海と妹の空が最初にカルチェを訪れたシーンでは、カルチェの中は荒れ放題。建物は老朽化が進み、床も抜け落ちてしまいそうなほど。また掃除もしていないために言わば、「魔窟」のような状態です。

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そこで活動している男子部員たちはカルチェのことを大切に思いますが、他の生徒や先生達からするとただの古くて汚い建物に思え、カルチェラタンを取り壊し新しいクラブハウスを建てるべきだという声も運動部を中心に巻き起こっています。

 

そんなカルチェラタンの取り壊しを防ぐために、生徒会長の水沼や俊を始め、カルチェの生き残りを掛けるための体を張った行動や、ガリ版による「週刊カルチェラタン」を発行しカルチェの魅力を他の生徒にも訴えかける活動をしています。

 

そのうちカルチェ存続派と取り壊し派が討論会においてもみくちゃになってしまうほどエスカレートしていきます。この場面を見て、昭和の学生運動や安保運動のことを想像してしまいました。

 

この当時の学生達は、今の時代にはないエネルギッシュさがあったように思います。

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カルチェラタンの発祥はフランス

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出典

そもそもこの「カルチェラタン」というものはどういうものなのか?

 

カルチェラタンとはフランス語で、日本語に訳すと「ラテン地区」という意味になります。

 

フランスでは他のヨーロッパや、いろいろな国が集まる多民族地区ですが、その中にあって皆の共通語が「ラテン語」であった時代がありました。そのようにしてラテン語を共通語とする人たちが集まったエリアを「カルチェラタン」と呼ぶようになりました。

 

このカルチェラタンにはパリ大学を始め、様々な教育機関が集中しているエリアで、1960代に起きた5月革命にあっては、この地区が学生運動の引き金ともなったエリア。

 

そしてこの「コクリコ坂から」も、まさに1960年台が舞台となっており、ちょうどその活気溢れるカルチェラタンとリンクしています。この当時、日本だけでなくヨーロッパにおいても学生達が熱いエネルギーを持っていました。

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