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スタジオジブリ「風立ちぬ」のあらすじと結末まで解説します。ネタバレ注意!

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風立ちぬはどんなストーリーの映画か?

スタジオジブリ「風立ちぬ」は、堀辰雄原作であり本作品と同題の「風立ちぬ」をベースに描かれた映画。主人公である堀越二郎は実在の人物をモデルとされています。

 

子どもの頃からの憧れであった飛行機という乗り物にかけた二郎の人生を軸に物語は進行していきます。舞台は関東大震災から太平洋戦争という大混乱に陥っている日本。

そんな時代に二郎という男が飛行機作りを通して、人生の伴侶となる菜穂子や、ライバルであり切磋琢磨の仲でもある本庄、無理難題を押し付けながらも二郎の才能に惹かれていく同僚であり先輩の黒川など、魅力溢れる人々と出会い、そしてそれに伴って二郎自身も成長していきます。

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菜穂子と結婚

二郎はやがて運命的な再会を果たした菜穂子と惹かれ合い結婚。

 

しかしそこにはその当時は死の病と言われた「結核」と、戦時中という時代背景が2人に影を落としていきます。

本作品「風立ちぬ」二郎という天才でありながらも純粋無垢な男が、戦争や愛する人の病に打ちのめされながらも、夢であった美しい飛行機作りに生涯をかけていく、いわば堀越二郎の伝記映画と言えます。

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あらすじ

主人公である堀越二郎は子どもの頃から飛行機という乗り物に惹かれています。

しかし彼にはパイロットしては致命的である視力が弱いという欠点がありました。そんな中、イタリアの飛行機設計士であるカプローニの存在を知り、そして二郎は夢の中で彼に出会い飛行機作りの道へと導かれます。

 

その夢を実現する最中、電車の中で菜穂子と出会い、そして2人に関東大震災という災害が降り掛かります。その後、二郎は自分自身の夢を実現するために三菱重工業に就職し飛行機技師として勤め、周囲も二郎の才能を認め、戦闘機の設計を任されることに。

失敗・・・

しかし試作した戦闘機は失敗に終わり、休養もかねて軽井沢の地へと赴き、そこで菜穂子と運命的な再会をとげます。2人はお互いに惹かれ合い、結婚を約束。しかしそんな2人に「結核」という病魔が影を落とします。

二郎は菜穂子を思いながら飛行機作りに没頭する日々。菜穂子は結核の治療に専念しながらも、ほんの一瞬であろうとも二郎と結婚し共に生活することを選びます。

 

無理を押して二郎の元へやってきた菜穂子と二郎は、二郎の先輩である黒川家で結婚。2人は一瞬一瞬を大切にしながら、束の間の幸せな新婚生活を迎えます。

しかし無情にも菜穂子の結核は悪化し、菜穂子は二郎を残し黒川家を後に。二郎は自分自身が設計した戦闘機のテスト飛行の最中、菜穂子の最期を感じ取ります。

 

戦争は敗戦に終わり、二郎は菜穂子と伴侶と、自身が生涯をかけて作った零戦を失った中で、一人風の中に残されていきます。

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「風立ちぬ」の結末

風立ちぬのラストシーンは、二郎の夢の中。自分の生涯をかけて制作した零戦をカプローニと共に見送ります。

 

彼の作った美しい戦闘機は戦争という舞台から帰ってくることはありませんでした。そして草原の中を二郎に向かって歩く菜穂子の姿が。

二郎はそこで初めて、自分が失ったものの大きさと、そのかけがえの無さを知り、感情を露にして「ありがとう」と涙をこぼします。

 

菜穂子はそのまま風となり零戦と共に二郎の元を去っていきます。そして残された二郎はカプローニと共に草原を歩いていきます。

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内容に込められた思い

宮崎駿監督の最後の長編作品となった「風立ちぬ」を映画館で最初に見終わった時、私は映画館の座席の上で涙をこぼしていました。それくらいこの映画は心に刻まれた映画でした。

どうしてそんな気持ちになったのか、自分でも良く分からないのです。本作品「風立ちぬ」は先述したように、言わば堀越二郎の伝記映画と言えます。

 

天才肌でありながらもマイペースで自分の決めた目的に向かって歩いていく二郎の姿にはどこか心惹かれてしまいます。それはおそらく自分には決して真似することのできない憧れのようなものかもしれません。

そんな感情を抱きながら本作品を見終わって思い返している時に、この「風立ちぬ」はアニメーションに生涯を掛けてきた宮崎駿監督の生き方を代弁しているのではないかと考えました。

もちろんこれは個人的な感想になりますが、宮崎駿監督はもしかすると最後となった「風立ちぬ」に自分自身の姿を少し重ね合わせているのではないではないでしょうか?そう考えるとこの映画は、二郎でありながら宮崎駿という男の伝記映画。

 

この「風立ちぬ」はこれから先を担う若者達に対して、ひとつの道標となってほしいという願いがどこかに込められているのではないかと思いました。そして私はその道標を打ち立てた宮崎駿監督の姿に、涙をこぼしたのかもしれません。