いずみいずみ

いずみです。今回は「油屋」のモデルに迫りますよ!

「千と千尋の神隠し」で千尋が働くことになるなんとも印象的な「油屋」という温泉旅館。ネット上には「あの温泉旅館がそっくりだ!」「油屋のモデルはこの旅館らしいよ」なんて噂もたくさんあります。さまざまな情報が飛び交うネットの噂はおもしろいけれど「一体どれが本当なんだ?」と、本当のところも気になりますよね。

今回は、「油屋」のモデルとなった場所について、噂の真相も含めてじっくり検証してみたいと思います。

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「千と千尋の神隠し」の舞台となった温泉のイメージモデル3選!

まず確実なところから。

「油屋」のモデルはどこか、という質問に答えて宮崎駿監督はこう言ったとジブリ公式ホームページに書かれています。

 

「色々な温泉が入っていて特定のモデルはない」

 

さまざまな場所のイメージが宮崎駿監督の中で練りあわされ出来上がったのが「油屋」なわけで、ひとつの温泉旅館だけがモデルなわけではないのです。しかし、「参考にした」と監督自身が語っている場所もいくつかあります。

 

まずは、その確実なところから紹介しましょう。

 

その一、道後温泉本館

 

じつはさきほど紹介した宮崎駿監督の言葉には続きがあります。正確には監督はこう言ったのです。

 

「色々な温泉が入っていて特定のモデルはないけれど、道後温泉は確かに入っている」

 

美術監督を務めた竹重洋二さんも次のように証言しています。

 

「外装は以前社員旅行で行った四国の道後温泉のことを思い出したりしながら作業をしました」

 

道後温泉本館は、文豪・夏目漱石が友人の正岡子規や高浜虚子と一緒によく訪れていたという場所で、愛称「坊ちゃん湯」とも呼ばれます。戦前に建てられた近代和風建築として1994年、国の重要文化財に指定されている歴史ある建物です。宿泊施設はなく、公営の共同浴場なので、だれでも利用することができます。

この道後温泉の本館棟の名称がすごい。なんと「神の湯本館棟」と呼ばれるのですが、この名称、映画の設定そのままですよね!

神の湯本館棟は三階建てなので、まったくそのままをモデルにしたわけではなさそうですが、制作スタッフがここを訪れ、本館のスケッチを行ったという記録があるそうです。

お宮風の屋根の形や軒にぼんぼりを並べた様子など、実際に訪れてみれば、あちらこちらに油屋の片りんが発見できそうですよ! 

その二、目黒雅叙園

油屋の内装については、目黒雅叙園が参考にされているようです。

 

あれは鹿鳴館であり、目黒雅叙園です。日本人にとって豪華というのは御殿と洋風(擬洋風)と竜宮城がごっちゃになってて、そこで洋風っぽく暮らすことなんです。

上は、宮崎駿監督がインタヴューに応えて話した言葉。

下は、美術監督の武重洋二さんがインタビューに応えて話した言葉です。

この湯屋を描くのに一番参考にさせてもらったのは目黒雅叙園です。湯屋の中の壁の装飾とか天井などは特にそうです。目黒雅叙園の写真集を見ながら。あれはなかなかすごいですよ。壁中に装飾がしてあって、天井に二条城の丸い絵が埋まってたりして。ありとあらゆる擬洋風のものが寄せ集まっている感じなんです。

とても豪華な目黒雅叙園のなかでもひときわ素晴らしいのが通称「百段階段」と呼ばれる3号館です。昭和10年に建てられた木造建築で、99段の長い階段の途中にそれぞれ趣向の異なる7つの部屋が連なります。壁に天井にびっしりと描かれた絵画は、どれも当時の著名画家の筆で、その見事さは圧巻です。目黒雅叙園が「昭和の竜宮城」という異名をもつのもうなずけます。「百段階段」は、東京都の有形文化財に指定されています。

 

目黒雅叙園では専任ガイドが案内してくれる「百段階段」見学ツアーとお食事がセットになったイベントもあるそうです。予約が必要なので、日程や金額など、詳しくは目黒雅叙園にお問い合わせくださいね!

目黒雅叙園の「百段階段」、画像で見るだけでも、身震いしそうなほどの豪華さで、一度訪れてみたくなりました。

 

その三、江戸東京たてもの園

油屋だけでなく、千尋たち親子がトンネルを抜けて迷い込んだ街や、釜爺のいる場所のイメージなどは江戸東京たてもの園をヒントに描かれているようです。宮崎駿監督自身がインタヴューに応えてこう話していますね。

あそこに出てくる町は都立小金井公園内にある「江戸東京たてもの園」のような世界をイメージしました。そこは明治、大正時代の民家や商店などが移築、復元されている博物館なんですけど、僕はもともとその頃の擬洋風建物が好きなんです。千尋が生活することになる湯屋の従業員宿舎は昭和20年代にあった工場の寮や、紡績工場の女工たちの部屋をイメージしました。

「擬洋風建物」をイメージしているっていうのは分かる気がしますね。さまざまな要素がミックスされた不思議な感じが「千と千尋の神隠し」の世界には流れています。

スタジオジブリの公式HP内では、江戸東京たてもの園にある「子宝湯」という銭湯が油屋の重要なインスピレーションの源となっていると書かれています。ただし、インスピレーションを得てはいるけれど、「子宝湯」はそう大きくない建物で、巨大な「油屋」の外観とはだいぶ違うようですよ。

映画の設定である「商店街の一角にそびえ立つ銭湯」について、大いにインスピレーションを与えたのは、「江戸東京たてもの園」の「子宝湯」(こだからゆ)です。ただし、子宝湯の建物自体は「油屋」のように巨大なものではなく、建物のイメージは幾分異なります。

 

江戸東京たてもの園の武居三省堂

武居三省堂は明治初期に創業した文具店で、もとは神田にあったものを江戸東京たてもの園に移築した建物です。壁一面にひきだしが並んだ店内の様子が「千と千尋の神隠し」で風呂釜焚きをしている釜爺がいる部屋のモデルになりました。

「千と千尋の神隠し」の街や旅館のモデルと話題の台湾の「九份」は本当にモデルなの?

観光地として有名な台湾の「九份」。ここの雰囲気が「千と千尋の神隠し」の世界に似ているため、「千と千尋の神隠し」の舞台を見たいと旅行客が訪れることもあるという場所です。言われてみれば、赤を多用した街並みと、丸いちょうちんが並んだ感じが似ていますね。

でも、これを宮崎駿監督は真っ向から否定しています。インタヴューで「(モデル地は)台湾の何処かから、ということではないんですか?」と訊かれて「えぇ、違います」と、はっきり答えています。次のようにも言っていますね。

「湯屋っていうのは、今のレジャーランドみたいなところで、室町時代にも江戸時代にもあったものです。結局僕は日本を描いているのです」

「あれは日本そのものです」

それを裏付けるように美術監督の竹重洋二さんはインタヴューで次のように言っています。

「(宮崎駿)監督から「屋根の角度が違う」とか「これでは中国だ」とか細かいところまでチェックが入るんですよ」

「中国というのは考えませんでしたね。堤灯の赤も日本で見た赤のイメージだったので」

 

でも、台湾の九份にある茶芸館「阿妹茶酒館」を宮崎駿監督が訪れ、そこでスケッチをしたとする店主の証言もあるんですね。「阿妹茶酒館」の紹介記事にはこんなふうに書かれています。

宮崎駿氏は、インスピレーションを求めて台湾の南部から北部への旅をされたそうです。そして、台湾の旅も終りに近づいたころ、この店に入ってきました。14時~16時の間、景色を見る方向ではなく、店内が見える方向に向いて座り、ほとんどスケッチをしてこの時間を過ごしていたそうですが、一番上の階にも行ったりして、店内を見て回られたそうです。

さらに、映画の冒頭で千尋たち親子が車で迷った山は「九份のお墓がある山」、お父さんとお母さんがつまみ食いをする屋台は「九份の基山街にひしめきあって並んでいる店」、油屋の中の様子もこの「阿妹茶酒館」をイメージしてある、と紹介しています。

しかし、宮崎駿監督が台湾に行ったとか、そこからインスピレーションを得たという話は、公式にはどこにもありません。

「千と千尋の神隠し」の世界と台湾の九份の雰囲気は確かに似たところがあるし、町の屋台の感じも日本的というよりも東南アジア的にも思えます。が、歴史的に日本は中国の影響を色濃く受けているのだから、どこかに中国や台湾の文化に通じるものがあっても不思議はありません。とくに宮崎駿監督は信州と縁の深い方です。わたしは千尋たち親子が車で迷い込んだ山は、あちらこちらに道祖神が建つ信州の山道に思えました。

とりあえず宮崎駿監督が否定している以上、「台湾の九份はモデルではない」と結論付けられそうですね。

群馬、長野、山形。日本各地で噂される「油屋」のモデル旅館

じつは台湾の九份だけでなく「油屋のモデルはこの旅館ではないか?」という噂は日本各地にあります。ぜんぶは紹介しきれないので、代表的なところを少しだけ挙げてみますね。

四万温泉・積善館の本館(群馬県)

元禄4年に建てられた、日本最古の木造湯宿建築として重要文化財に指定されている四万温泉・積善館の本館は、その重厚感あふれる建物の雰囲気が油屋と似ています。そしてその建物の前に赤い欄干の橋がかかっていて、これも「千と千尋の神隠し」の風景にぴったり重なります。さらに本館奥にある渡り廊下が、天井がアーチ状になったトンネルで、映画の冒頭に登場するトンネルと似ていると言われています。

こちらの旅館では「千と千尋の神隠しアニメツアー」を行っていて、アニメの各シーンをほうふつとさせる場所を案内してもらえ、宿泊客に人気があるようです。ツアーについての詳細は旅館にお問い合わせくださいね!

「千と千尋の神隠し」の制作中に宮崎駿監督が宿泊したということもあり、公式にモデルとされているわけではありませんが、非公式のモデルのひとつじゃないかと噂されている宿です。

四万温泉に通じる国道に設置されているメロディーラインは「千と千尋の神隠し」の主題歌「いつも何度でも」になっていて、観光客の気分を盛り上げるのに一役買っているとか。メロディーラインとは、一定の速度で走ると、路面に掘った溝により車の走行音が音楽として聞こえる装置です。

渋温泉「歴史の宿金具屋」(長野県)

こちらもたいへん歴史と趣のある旅館で、木造四階建の「斉月楼」と大広間が国の有形文化財に指定されています。この「斉月楼」の雰囲気がとても油屋に似ていると話題ですが、こちらで映画製作のための取材がされたということも、ここに宮崎駿監督が宿泊したという記録も見当たらない、と、現在の当主が書いています。

なので、宮崎駿監督が金具屋の「斉月楼」をモデルにしたとはけして言えません。にもかかわらず、ここを訪れた客からの問い合わせに一番多いのが「あのアニメ映画の舞台になった旅館ですか?」というものなのだそう。

これを受けて、金具屋当主は下ように考察しています。

誰も見たことがないような豪華な旅館をつくろうと、当館(金具屋)六代目が宮大工と全国を行脚したのが昭和初め。(中略)

宮崎監督がこれ(油屋)を設計するにあたって、非常に独特であった昭和初期の旅館建築を参考にした・・・。同じようにうちの六代目も、派手で豪華なものをつくるために昭和の初めに各地の観光旅館を見て回って参考にした・・・。この両者のアプローチが非常に似たものであったこと。
ゆえに、完成したあの湯屋と当館の斉月楼が非常に似た雰囲気をもつものになったのではないかと思うのです。

なるほど。この考察は説得力があります。

外観だけに留まらず、館内やお風呂の雰囲気も「千と千尋の神隠し」の世界ととてもよく似た雰囲気をもつ金具屋。ジブリファンなら、きっと楽しめるお宿ではないかと思えました。

銀山温泉(山形県)

銀山温泉は、本物のガス灯が灯り、多層の木造建築の旅館が建ち並ぶ、大正時代に迷い込んだかのようなレトロな街並みが残る温泉です。こちらの温泉も、「千と千尋の神隠し」の公開以来、「ここが油屋のモデルじゃないか」と噂されている場所です。

もちろん先に書いたように、宮崎駿監督がこの銀山温泉をモデルにしたということはありません。が、宮崎駿監督が日本の少し昔の和洋折衷の温泉宿を象徴的に描いているので、結果的に銀山温泉の雰囲気にとても似ているのでしょう、と推測している人もいます。

画像を見ると、とても雰囲気のある素敵な温泉街で、一度訪れてみたくなりました。

まとめ

宮崎駿監督が「油屋」のモデルとして公式に認めている場所は、道後温泉、目黒雅叙園、江戸東京たてもの園の3か所。

とても似ていると噂の台湾の「九份」はモデルではないと宮崎駿監督自らがはっきり否定しています。

日本各地には「油屋のモデルでは?」と噂される温泉旅館が他にも多くありますが、それは宮崎駿監督が、明治から昭和初期までの日本の和洋折衷な「擬洋風建物」が好きで、その雰囲気を「油屋」に再現しているから。現存するその頃の温泉建物に、似たところがあるのは当然といえば当然ということのようです。

たとえ「油屋」のモデルではなくても、それぞれの温泉宿で「千と千尋の神隠し」の作品に通じるものを発見するのは、とても楽しいことだと思いますよ。

いずみいずみ

レトロな温泉宿、どこも素敵でしたね~! いずみでした♪