ポニョのお母さん、グランマンマーレについて

フジモトとの逢引シーン?びっくり、雄大ですね、実際、こんな光景ありえないんだけど・・入浴中の美女のお風呂に子供のおもちゃの船に乗ったお人形が乗っているぐらいの縮尺でしょうか?うわあ、でかーとばっかり思わずに私たちが海のスケールからしたら小さいのかも。まあ、フジモトが2メートル弱としてその20倍ぐらい・・・・自由の女神ぐらいかな この大きさ。

グランマンマーレとは海の母というような意味だとか、実態としてあらわれるときの大きさは変幻自在、実際フジモトと同じぐらいになるときもあるそうです。ポニョの母グランマンマーレについて考えてみます。

ポニョのお母さん?

グランマンマーレには海の母、命をつかさどる意味合いもあるそうです。ということは、ポニョのお母さん、グランマンマーレはもとをたどれば、生きているものみんなのお母さんかも。これだけ大きくて包容力抜群の感じもからも想像できます。神々しく輝くグランマンマーレを見た船員は観音様と口にしました。だけど、ポニョは特別な娘なのでしょうか?グランマンマーレの血をひくことで、巨大な魔法の力を持ち、巨大な波を操ることができました。もしかしたら、宗助に遇わなければポニョもグランマンマーレのような海の神様のような存在になったのでしょうか?

グランマンマーレの正体は

正体はと言うと、海の母みんなのお母さんかも先ほどから語っていますが、それ以上に大きな存在なのかも。海に沈んだ宗助たちの住む街を、また元に戻すことが出来る力がある存在。だけどポニョの暴走は止められなかったのはどうしてか?グランマンマーレとフジモトの出会い。宗助とポニョの出会い、なにか仕組まれたものを感じちゃうのですが・・一筋縄ではいかない存在。正体はやっぱりわからない。

グランマンマーレのモデル?意味はあるのか・

グランマンマーレのモデルはイギリスの画家ジョン・エバレット・ミレーの描いたオフィーリアだそうです。言わずと知れたシェークスピア、ハムレットのオフィーリア。恋に破れ、気が狂って溺れて死んでしまう彼女。たくさんの画家が彼女にインスピレーションを感じたくさんの絵を描いています。とくに、この絵、きれいなんだけどとてもこわい。うつろな彼女の目と花を抱いたまま水面を漂う髪。わたしはすごーく死をイメージします。生命の母であるというか、源であるはずの彼女のモデルがこのオフィーリアだと考えると・・・・

確かにグランマンマーレからは、静かで大きな包容力は感じますが、生き生きとした力は感じない、生と死は隣あわせだから・・ オフィーリアをモデルにしたことに、意味はなく、全く映像的なものだけをイメージしてグランマンマーレを作成したとは考えにくいと思います。やはり、。不気味な存在です。グランマンマーレ。

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フジモトとの関係は

グランマンマーレは、フジモトが若いころあの有名な潜水艦ノーチラス号で乗組員をしていたころ、恋に落ち結ばれたようです。だからと言ってフジモトが彼女を一人占めできるわけでなく、彼女と遇う瞬間をたのしみにしていることを語っていたことからも、本当になかなか会えないんだなと思います。フジモトにとって彼女は唯一無二の存在のように感じますが。彼女にとってフジモトは?愛情はすごく感じますが…ポニョの父としてのパートナーのようなもの。でも少し格下の感じ。悪い言い方すると手下、道具、かな。

そして もしかすると、 昔、船乗りには港、港に女がいたとか?彼女にとって、フジモトは、彼女の港の男の一人かも・・・だとすると。一途なフジモト可愛そう。いいえ、あれだけの美女それでもいいのでしょうか。それとポニョのお母さんやっぱり足は見えないけど・・半魚人と言うと・・これもわからないです。