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「テルーの唄」に込められた意味とは?

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テルーの唄は手嶌さんの唄だけでなく詩も素晴らしいのです。

 

詩は直接的な言葉というよりはむしろ聞く人にとって想像させる余白を持たせているようで、少し悲しくて儚さをかんじさせますが、どこかに強さをも感じさせる言葉が綴られています。

 

歌詞の中で好きなのは最初の歌詞とサビの部分。

「夕闇迫る雲のうえ いつも一羽で飛んでいる 鷹はきっと悲しかろ 音も途絶えた風邪の中 空を掴んだその翼 休めることもできなくて」

この詩はとても情景が浮かんできます。夕焼け時の、一日が終わってしまうような少し切ない空の上で、いつも一人っきりで空を飛んでいる鷹の姿が頭の中に浮かんできます。

 

そして

「こころを何にたとえよう 鷹のようなこのこころ こころを何にたとえよう 空を舞うよな悲しさを」

と続きますが、このことばはテルーが一人で空を見上げ、空を一見勇ましいように飛んでいながらも、他の仲間と暮れてゆく空の美しさをともに過ごす訳でもなく、一人悲しげに飛んでいる姿にテルーが心を寄せているように思います。

 

この「テルーの唄」はテルーが誠の姿である竜として、そしてテナーの下で育った一人の少女として、厳しい暮らしの中で向き合いながらも、ときどき寂しくなったりしながらも、そばにいてくれる動物達や植物達に心を寄せることで自分自身を立てなおそうとする唄なのではないでしょうか?

 

だからこそ聞く人にとって心揺さぶられ、そしてこの唄から悲しみや、そして懐かしさ、暖かさを感じるのだと思います。

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全体的な感想について

本作品である「ゲド戦記」にとって「テルーの唄」は欠かせない唄となったと思います。またその唄を手嶌さんが歌うことで、本作品の魅力がさらに深くなったのだと思います。

 

この「テルーの唄」に綴られた詩は、テナーの心や、作詞をされた宮崎吾郎さんの心も表しているのではないでしょうか?おそらくこの「テルーの唄」がなければ本作品は全く違った作品になっていたと思いますし、私にとってはもしかすると何度も鑑賞するほど印象に残るような作品にならなかったかもしれません。

 

また歌手が手嶌さんではなかったとしても、やはり同じようなことになったかもしれません。それだけこの「テルーの唄」と手嶌さんが私にとって映画「ゲド戦記」の重心を占めていたのだと思います。どうしてか時々この作品が無性に見たくなるときがあります。

 

今後の宮崎吾郎監督や手嶌葵さんの活躍に期待しています。