いずみいずみ

今回は「千と千尋の神隠し」にまつわる噂いろいろでお送りします!

「千と千尋の神隠し」は、多くの人に愛される名作ですが、

「これってどういう意味?」

と解釈に悩むシーンやアイテムもたくさんでてきます。

 

それが話題を呼ぶし、なんど観ても楽しめる要素にもなっていると思うのです。そんなさまざまな「謎」や「都市伝説」そして「裏話」まで、今回はてんこ盛りでお届けします。

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「千と千尋の神隠し」の「謎」7選!

■その一「千尋のお母さんってどうしてあんなに冷たいの?」

千と千尋の神隠し1

多くの女性が同じように感じたそうです。かくいうわたしも思いました。

 

YAHOO掲示板にはこんなふうに書かれていますね。

最近の母親像として、共働きで自立心が強く、『子供だから』という言葉が嫌いで子供にも自立心を求める傾向がある。

たしかにそうかもしれないです。子どもを慈しんで育てるような昔ながらの母親像ではなく、現代的な母親像として描かれているのでしょう。

メイクもバッチリで派手なイヤリングして。でも、やっぱりいつ見ても違和感あるなぁ。わたしはあの母親、好きになれませんです。

■その二「千尋は湯婆婆との契約があるのになぜ帰れるの?」

犬

もちろんハクが湯婆婆に「坊を連れ戻してくるから、かわりに千尋と両親を元の世界に」と、掛け合ってくれたからっていうのもあります。が、じつはそもそも契約が成立していないという事情があったのです。

 

最初に千尋が湯婆婆の元に行き、契約書にサインするところで、千尋は「荻野」と書かなければいけないのに、「荻」の字の「火」をなんと「犬」と書き間違えてしまっているんです!

 

名まえが違っているから、じつは正式な契約が成立していなかったようなのです。千尋は10歳。子どもだから間違えてしまった、ってところでしょうが、それで助かったんですね。

 

■その三「大河の神さまがくれた苦団子ってなに?」

団子

なんでしょうね。とりあえず苦いってことは「良薬口に苦し」のことわざもあるように、薬なんでしょう。えらい神さまがくれた薬──いかにも効きそうですよね!

苦団子はどうやら体のなかの悪いものを出してくれる効能があるようで、銭婆の「魔女の契約印」についていた魔法も、湯婆婆がハクを操るためにかけた魔法もハクの体のなかから追い出してしまいました。

 

お酒や食べ物、さらに従業員まで飲みこんで巨大化したカオナシの体のなかからも、悪いもの(カオナシにとっては欲望)を吐きださせ、大人しくさせましたね。

 

■その四「湯婆婆と銭婆の違いは?」

銭婆1

双子の湯婆婆と銭婆、見た目に違いはなさそうだけど、作画アニメーターの証言にこういうものがあったそうです。

湯婆婆と銭婆の違いは、湯婆婆は胸元にイボが1つ、銭婆は胸元にイボが4つ(原画 田中敦子より)

でもイボなんて、どこにも描かれてないですからー! これはジョークですかね。

あたしたち二人で一人前なのに気が合わなくてねぇ。

ふと思ったんですが。

 

銭婆がこう言っていますよね。つまりこれ、どっちも同じ一人の人間の二面性を表現しているのかな? と。

つまり銭婆は人間の良心を、湯婆婆は人間の煩悩(欲)を表しているのかもしれないですね。

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ちなみにこちらが湯婆婆。ちょっと目がきついかも?

 

■その五「最後にハクが『決して振り向いちゃいけない』と言ったのはなぜ?」

最後

日本神話でいえば「イザナギ」と「イザナミ」の話、旧約聖書でいえば「ソドムとゴモラ」に登場するロトの妻が振り返り塩の柱になってしまう話などと共通するエピソードで「約束は守らなければならない」という意味のものでしょうか。

ネット上ではだいたいそう捉えられているようです。もし千尋が振り返ってしまったら、千尋は元の世界に帰れなくなっていたのでしょう。

「もし振り返っていたらトンネル付近にあるダルマになっていた!」って説もあるけれど・・・えっ? どうしてダルマ? ロトの塩の柱からの連想かな? それとも「だるまさんが転んだ」から?

 

■その六「どうして最初は赤いトンネルが、最後は石のトンネルになってるの?」

トンネル

赤いトンネルは油屋のある世界に行ける状態のトンネルで、石のトンネルは普通のトンネル。最後は石のトンネルになってしまったから、もう二度とあの世界に行くことはできないという暗示でしょうね。

ネット上では「赤いトンネルは魔法がかかった状態」と説明されていました。

 

じゃ、石のトンネルをくぐった先にはなにがあるんでしょうね? ごく普通に住宅街が広がっているのかも!?

 

■その七「千尋は油屋での出来事を覚えているの?」

ラスト

これについては、宮崎駿監督のインタビュー記事がみつかったので紹介します。

「ただ僕は、あの世界は全部夢だったというふうにしたくなかったんです。だからラストで現実の世界に戻ってきたら車の上に葉っぱが積もっていたり、千尋は気が付いていないかもしれないけれどおばあちゃん(銭婆)がくれた髪留めは残しておこうと思ったんです。あれは本当にあったことなんだ。そうじゃないと寂しいですものね」

(中略)

「自分のやってきたことを全部覚えている人っていると思いますか?いないでしょ。でも銭婆の『一度あったことは忘れないもんさ』という言葉通り、人間の記憶って思いだせないだけで、どこかに残っているものだと思うんです」

千尋はどうやら明確に思い出すことはできないようですね。ただし、見覚えのない髪留め(銭婆がくれたもの)を見て、ふとなにかを思いだしそうになったり、欠片くらいは思いだしたりするのかもしれないですね。

だから最初の頃と同じように、帰りのトンネルでも千尋はお母さんにくっついて歩いているんでしょう。でも、少しずつ自立してしっかりしていくんでしょうね。

自分の10歳ごろにも、今は思いだせないだけの、こんな素敵な物語があったのかなぁ? なんて、想像しちゃいます。

 

「千と千尋の神隠し」ちょっと怖い都市伝説3選!

■ちょっと怖い都市伝説その一「千尋たち親子はじつは冒頭で死にかけていた!」

車

冒頭で、お父さんが林の中を猛スピードで車を走らせるのですが、じつは千尋たち親子はここで事故に遭い瀕死だった、という都市伝説です。その根拠がトンネルを抜けた先の川です。

 

これが「三途の川」だと言うのですね。最後に元の世界に戻れたということは、なんとか助かったのだ、と都市伝説では追加して説明しています。

 

トンネルや橋は「こちら」と「あちら」をつなぐもの、としてよく描かれます。

ちなみに橋は、地面に水平に置けば地上の「こちら」と「あちら」をつなぐものだけど、垂直に立てれば地上の「こちら」と天上の「あちら」をつなぐものです。垂直に立てる橋はしばしば「柱」と呼ばれますね。長野県・諏訪大社の御柱祭りなどはこのための「柱」です。

 

わたしとしては「こちら」は「人間界」、「あちら」は死後の世界ではなく「神々の世界」と解釈したいところですが。

 

ちょっと怖い都市伝説その二「海原電鉄の途中の駅にいるのは『火垂るの墓』の節子」

節子

海原電鉄は、宮沢賢治作の「銀河鉄道の夜」をモデルにして描かれています。これも宮崎駿監督がインタビューに答えてこう話していますね。

千が電車に乗るシーンがあるでしょ。なぜ、電車に乗せたかったかというと、電車の中で寝ちゃうシーンを入れたかったんです。ハッと目が覚めると、いつのまにか夜になって、周囲が暗くなって、影しか見えないような暗い街の広場が窓の下をよぎっていく。電車が駅を離れたところなんです。いったい何番目の駅なのか、自分がどこにいるのかわからなくなっていて。あわてて立ち上がって外を見ると、街が闇の中に消えていく。不安になって、電車の車掌室へ駆けていって、ドアをたたくけれど、返事がない。勇気を振り絞って、扉を開けてみると、真っ暗な空に街の光が闇の中の星雲のように浮いていて、しかも寝かせたガラスに描いたように平らなやつが、ゆっくりと回りながら遠ざかっていく。それは『銀河鉄道の夜』の僕のイメージなんですよ。それを、入れたくて、入れたくて、入れたくて、たまらないんですけど、ストーリーボードを描いていくと、どうしても入らない。なんとかして入れたくて、なんせ映像を挟み込むだけなんだから、ガバッと勇気を出して、入れてしまえばいいんだけど、入らない。ど―――うやっても入らない。結局、いちばんやりたかったシーンを外したんです。その映像を入れたいためにつくりあげたシーンだったのに、結局、やりたいことが入らない。これは違うジグソーパズルのピースだったんだな、と気がつくんです。そういう、ひとつの気づきのために延々と時間を費やしています。

海原電鉄の乗客たちはみんな黒い影のような存在で、しかも半分透けています。しかも油屋の釜爺の証言によると、行きだけしかないという。それもこれも宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」からイメージされているとすれば納得できます。

 

銀河鉄道は死者を天界に運ぶ電車なのだから。

 

つまり、あの影のような乗客たちは皆、死者だったのです。

そして、駅のホームにいるおかっぱ頭の女の子も・・・。

 

「そうだ、ジブリ作品でおかっぱ頭の死者と言えば『火垂るの墓』の節子!

たしか節子の兄はあの後、駅で餓死するんだから、きっと節子があそこで兄がくるのを待っているにちがいない!」こういう思考の流れでしょうか。

 

・・・でも、駅のホームにたたずむ少女の影は4歳の節子よりもかなり年上に見えるし、違うような気もしますけどねぇ。

 

ちょっと怖い都市伝説その三「『千と千尋の神隠し』は、性風俗産業の話である」

湯女

「湯女」を辞書でひいてみるとこう出てきます。

風呂屋に雇われた一種の娼婦。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)

しかも、宮崎駿監督自身が日本版プレミア誌上でこう言及しています。

「今の世界として描くには何がいちばんふさわしいかと言えば、それは風俗産業だと思うんですよ。日本はすべて風俗産業みたいな社会になってるじゃないですか」

このことについてはアメリカ在住の映画評論家・町山智浩さんがご自身のサイト「映画評論家町山智浩アメリカ日記」でくわしく書いています。さらにこのなかで町山智浩さんは、湯婆婆の服装にも言及しています。

まあ、アメリカ人でも見ればわかるのだ。だって湯婆々の服装は19世紀欧米の娼館の女主人(マダム)そのものだから。

わたしにはこの、宮崎駿監督の「日本はすべて風俗産業みたいな社会になってるじゃないですか」の言葉の真意がちょっと測れないのだけど「それが現代の大人社会なのだ」ということですよね。

大人社会を子どもの千尋が体当たりで体験していく物語、というのが宮崎駿監督のイメージなのかな、と思いました。

 

「千と千尋の神隠し」裏話3選+1!

裏話その一「カオナシのモデルは米林宏昌監督だった!?」

米林

「カオナシなんて周りにいっぱいいますよ。(中略)ああいう誰かとくっつきたいけど自分がないっていう人、どこにでもいると思いますけどね」

と、宮崎駿監督が話しているように、カオナシは現代人を象徴的に描いているのですね。

 

初期設定のイメージボードでは、星の模様のマント着てたり、体に金色の渦巻き模様があったりと、けっこう派手だったようです。

このカオナシのモデルが「借りぐらしのアリエッティ」「思い出のマーニー」の米林宏昌監督だという噂が出ていますが、その実情について、米林宏昌監督自身がこう語っています。

実際はモデルというより僕が描いていたカオナシを見て、宮崎さんが『麻呂にそっくりじゃないか』とおっしゃって、そういうふうに言われるようになったんです。

なるほど。

 

米林宏昌監督の描いたカオナシを宮崎駿監督が「麻呂(米林宏昌監督のこと)にそっくりじゃないか」と言ったことから出た噂だったんですね。

米林宏昌監督がカオナシのようなモノで相手の気を引くことしか考えていないような人間じゃないと分かってホッとしました。

 

裏話その二「千と千尋の神隠しの元になった児童作品がある?」

霧の向こう

柏葉幸子さんの「霧のむこうのふしぎな町」(講談社青い鳥文庫および電子書籍)です。内容紹介を講談社のサイトよりお借りしました。

心躍る夏休み。6年生のリナは1人で旅に出た。霧の谷の森を抜け、霧が晴れた後、赤やクリーム色の洋館が立ち並ぶ、きれいでどこか風変わりな町が現れた。リナが出会った、めちゃくちゃ通りに住んでいる、へんてこりんな人々との交流が、みずみずしく描かれる。『千と千尋の神隠し』に影響を与えた、ファンタジー永遠の名作。

もともとはスタジオジブリの「企画検討会」で社員からあがった作品だったのですが、けっきょくこれを原作にすることはなかったようです。それについて、宮崎駿監督の言葉が残っています。

もともと企画の初期には『霧のむこうのふしぎな町』という児童文学を、なんとかアニメ化できないかと考えたこともありました。何人かのスタッフが子どものころ繰り返し読んだというもんですから、どこがおもしろいんだろうと思って何度も読んだりして、アニメにする方法を考えたんですが、結局、そこまで原作を変えるならオリジナルをやったほうがいいということになって。

「霧のむこうのふしぎな町」は、「耳をすませば」の作中で聖司が手にしている場面もあります。

 

裏話その三「千と千尋の神隠しの世界の元になったお祭りがある?」

湯立神楽

これは「湯立神楽」のことのようです。

「湯立神楽」とは、日本の伝統的な神楽の形式のひとつで、釜で湯を煮えたぎらせ、その湯で神事を執り行うもの。

面や装束をつけた舞い手が奉納の舞を踊ることが多く、神奈川県藤沢市白旗神社の「湯立神楽」、香川県丸亀市垂水神社の「湯立神楽」、長野県飯田市正八幡神社(遠山郷)の「霜月まつり」、静岡県沼田子之神社 の「湯立神楽」、愛知県北設楽郡の「花祭(霜月神楽)」など各地に湯立神楽があります。

 

これについては宮崎駿監督自身がインタヴュアーにこう答えています。

インタヴュアー「小さなおふろに神様が入るというのは何か参考にされたものがあるのでしょうか。」
宮崎駿監督「霜月祭といって、日本中の神様を呼び出してお風呂に入れて元気にするっていう非常に面白いお祭りがあるんです。静岡とか岐阜の方にあるお祭りなんですけどね」

宮崎駿監督「それでどうしてそういう神様たちを登場させたのかというと、日本の神様たちは、きっとものすごくくたくたになっていると思ったからです。そしたら二泊三日で骨休みにお風呂屋さんにくるに違いないと思ったからです。霜月祭と同じようにね。それで名もなき神様たちが社員旅行かなんかのように、団体で来るのかなとか勝手に想像しながらイメージしていったんです」

宮崎駿監督はテレビで「霜月まつり」のことを知ったようです。

 

長野県遠山郷の「霜月まつり」は、釜にお湯を煮立て日本中の八百万の神さまを呼び出して順にお湯でもてなし、一年の疲れを癒して元気になって帰っていただくというもので、さまざまな面をかぶった神さまが登場するおもしろいお祀りです。

「千と千尋の神隠し」がこのお祀りからヒントを得ているというのはうなづけますね。

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おまけ「千尋のモデルは奥田プロデューサーの長女ちあきさん?」

奥田誠治

「金曜ロードショー」のプロデューサーとして宮崎駿監督や鈴木敏夫プロデューサーとも親交の厚い日本テレビの奥田誠治プロデューサーの長女ちあきさんが千尋のモデル。

宮崎駿監督の別荘のある信州で、いくつかの家族が集まり遊んでいるときに、ちあきさんが川に靴を落としてしまい、宮崎駿監督、鈴木敏夫プロデューサー、奥田誠治プロデューサーが探し回ったことがあったそう。

 

このエピソードはアメリカの映画監督でありアニメーション作家のジョン・ラセター氏と宮崎駿監督の20年にわたる友情を軸に収録されたDVD「ラセターさんありがとう」のなかで言及されています。

 

鈴木敏夫プロデューサーがメインパーソナリティを務めるFMラジオ番組「ジブリ汗まみれ」のなかでも、千尋家族は奥田誠治プロデューサー家族がモデルと話しているそうですよ。

いずみいずみ

「謎」に「都市伝説」に「裏設定」いろいろあっておもしろいですね! いずみでしたー♪