「借りぐらしのアリエッティ」の米林宏昌監督。

監督第2作「思い出のマーニー」で米アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされたのは記憶に新しい。そこで、監督に抜擢されたいきさつ、アニメーターとしてのお仕事、そして衝撃のジブリ退社について調べてみました。

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プロフィール

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1973年、石川県生まれ。金沢美術工芸大学商業デザイン学部を中退。

学生時代にアルバイトでアニメーターをやっていたときに、ジブリの「耳をすませば」を観て、こういうフレッシュな清々しいアニメーションが作れたらなと思い、1996年スタジオジブリ入社。

新人歓迎会の時に、ある女性社員からおっとりとした雰囲気の米林監督を見て「お前は麻呂だ!」と言われて以来、ずっと会社では本名でなく麻呂と呼ばれている。

「借りぐらしのアリエッティ」の監督起用のいきさつ

起用した鈴木敏夫プロデューサーの話

鈴木敏夫

『監督は若い監督を起用するという話になり、宮崎駿に「監督は誰にするか」と聞かれて、何も考えず思いつきで米林監督の名前を挙げてしまったんです。

驚いた宮崎に「いつからそんなこと考えていたのか」と聞かれ、ついサービス精神が働き「3年前くらいから・・・」と答えてしまったんですが。

 

あとから考えるとそれには理由がちゃんとあって、米林監督のアニメーターとしての腕を評価していたからなんですけど。』と鈴木プロデューサー。

監督起用は本当に思いつきだったらしい。

起用された米林監督の話

米林

『監督をやれと言われたのは、がスタジオジブリの入社試験の試験官をやっているときでした。

 

突然、「二馬力」(宮崎駿の個人事務所)に来いと言われて、鈴木さん、宮崎さん、ジブリの星野社長が並んでいて何だろうと思っていたら、

「次の新作映画の演出をやらないか」

と。

 

監督というのは世間に発したいメッセージがある人がやるものだと思っていたし、自分にはそういう主義や主張がないから「無理です」と断わったんですが、原作にメッセージが入っているから大丈夫だから、とにかく原作を読めと言われました。

読んでみたらとても面白く、次第にココはこういうふうにしたいなと思い始めたんです。でも毎日、鈴木さんや宮崎さんがやって来て

「原作は読んだのか?」

「どうなんだ、やるのか?」

とせっつかれまして・・。』

 

 

そういうやりとりが2週間ぐらい続き、

①他に誰もいないのだったらやる、

②アニメーターに戻れること、

この二つの条件を米林監督が出して、「アリエッティ」の監督に決定した。

米林監督ってこんな人

恐怖の「天窓事件」

ジブリの作業部屋には太陽光が入ってくるように天窓がある。

あるとき、雨が降ってきて米林監督が窓を閉めにいくが、それが自分のところだけだったため、その場にいた宮崎が「国へ帰れ!」と大激怒。顔を真っ赤にして怒られた米林監督は泣きそうになったとか。

また、サンダル履いて半ズボン履いてだらしない格好していたら、「なんであんな奴入れたんだ」と言われ、宮崎駿との思い出はろくなものしかないらしい。

超一流のアニメーター

「千と千尋の神隠し」

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初めて原画を担当した作品。

最初のほうの千尋のお父さんが春巻きなどを食べたりするシーンを担当。

美味しそうに食べている感じや、勢いよく食べている感じを新人なりに考えてやっていた。

 

また、カオナシが湯谷に入ってくるところも担当。

当時、米林監督はカオナシって呼ばれていた。その理由がぼーっとたっている様子が似ているから。

「ハウルの動く城」

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ソフィーが裏路地を歩いているとハウルがやってきて、ソフィーの肩に手を置いてエスコートするシーンや、崖の下でソフィーがハウルが死んじゃったらどうしようと泣くシーンなどを担当。

 

感情表現を描くのは難しく、ソフィー泣くところは宮崎に全部修正される。

泣いている顔をリアルに描くのではなく、感情をどう表現したらいいか考えさせられたとのこと。

「崖の上のポニョ」

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フジモトの家からポニョが秘密の水の力を得て、魚が金色に染まって外に溢れ出して、ポニョの妹たちも一緒に逃げ出し、妹たちは水魚に変身して巨大な魚の群れとなっていくシーン。

映画の名場面のひとつだ。

米林監督は絵コンテを見たとき、これどうやってアニメーションにするんだろうと思ったらしい。

すべて手描きで大変だったが、自分と相性が良かったのか、どんどん描くことができた。アニメーションって楽しいと改めて思った作品。

思い出のマーニー監督〜衝撃のジブリ退社

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2014年8月、テレビのドキュメンタリー番組を通して、鈴木プロデューサーの口から「ジブリの制作部門の休止」が発表された。そして、米林監督もその年の年末ジブリを退社している。

 

ジブリアニメは公開するとその年の邦画のナンバーワンヒットとなるドル箱だと世間では思われているが、実際は、映画制作は赤字続きだったらしい。

例えば、2013年公開「かぐや姫の物語」(高畑勲監督)の総制作費は50億円で、興行収入は22億円。

米林監督作の「借りぐらしのアリエッティ」「思い出のマーニー」もヒットはしたが制作費を回収できなかった。

 

映画を製作したくても資金がなければできず、事実上のリストラだと言われている。

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そして現在は・・・・

「思い出のマーニー」のプロデューサーを務めた西村義明氏と新作を企画中というニュースが昨年伝わってきたが、それ以降は何も聞こえてこない。

「思い出のマーニーが」第88回米アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされ、アニメーション作家としての才能は誰もが認めている。

 

取材のインタビューで「思い出のマーニー」とは正反対の快活に動くファンタジー作品をやってみたいと語っており、我々ファンはただひたすら嬉しいニュースが聞けるのを待つだけだ。