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「紅の豚」のヒロイン、ジーナについてまとめてみました。

「紅の豚」のジーナについて

ジーナはアドリア海一番の美人。ホテル「アドリアーノ」を経営し、男達からのマドンナ的存在。

 

ポルコロッソことマルコパゴットとは子どもの頃からの幼なじみ。

飛行機乗りと3度結婚をしますが3度とも死別。いわゆる大人の女性としての魅力溢れるジーナですが、飛行機乗りでもあり、どこか活発的で元気な女の子の部分がどこかに潜んでいるように思います。

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マルコのことを本名で呼び、密かにマルコに想いを寄せているように思います。それを印象づけるシーンはマルコがパワーアップして帰って来た飛行艇に乗ってホテルアドリアーノに挨拶をするシーン。

ジーナがお気に入りのテラスで、いつかマルコがそこへ訪れることを待ちわびているシーンは印象的でした。

ジーナの声優である加藤登紀子氏

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ジーナの声優を務めたのは加藤登紀子氏。

ご存知の通り日本のシンガーソングライター。「百万本のバラ」は誰もが聞いたことのある曲だと思います。また女優として「居酒屋兆治」「ハチ公物語」などにも出演。

 

若い頃、学生運動に積極的に参加し、その時に出会った藤本敏夫氏と結婚しています。

1995年に起きた全日空ハイジャック事件に巻き込まれ、解放された後に北海道の苫小牧にて、ライヴは中止になりながらも元気な姿を観客に見せたエピソードは有名。

 

「紅の豚」では、ジーナの妖艶で大人っぽい雰囲気が、加藤氏の声とマッチしていたと思います。もしくは声の引っ張られてジーナが大人っぽく感じたのかもしれもせん。この「紅の豚」では声優だけでなくエンディングテーマも唄っています。

ジーナの年齢は?

ジーナの年齢やプロフィールについては映画の中で詳しく触れられていません。しかしマルコと幼なじみであることから、マルコと近い年齢だと思われます。

 

見た目も雰囲気もとても大人っぽく、どこか妖艶な感じから結構年を重ねているように思いますが、世界恐慌やファシストなどの時代背景と、先述のマルコと年が近いことから、おそらく40歳前後だと推測されます。

年齢以上にもっと大人っぽいようで、でもどこか少女の面影を潜ませているところがあって、歴代のジブリのヒロインの中では異色なキャラクターのように思います。

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ジーナの歌について

ホテルアドリアーノを経営するマダムジーナは、男達のマドンナでありながらパイロットでもあり、そして歌手でもあります。

 

映画の中でマルコがアドリアーノへ夜中に訪れた時、ジーナは皆の前で唄を唄っているシーンがあります。

あの時ジーナが唄っていたのは邦題で「さくらんぼの実る頃」という実在するシャンソンで、フランス・パリの市民たちが立ち上がった革命政府が鎮圧されたことを、失恋の悲しみに見立てて1800年代後半から唄われるようになりました。

 

加藤登紀子さんの歌声といい、とても印象に残る場面で、後にマルコと対決することになるドナルドカーチスもジーナの唄に聞き惚れて、「唄は静かに聞くんだ」とジーナが唄っている最中に騒いでいた新聞記者を追い出すシーンは個人的に好きな場面の一つです。

ジーナの気になったセリフ

この「紅の豚」には数々の有名なセリフが残されているように思います。

 

マルコとジーナのやりとりの中にもたくさん良いセリフがありますが、私が個人的に好きだったのはテラスに踏み込んできたカーチスとジーナのセリフ。ジーナがマルコのことをテラスで待ち続けていることを知ったカーチスに対し、

 

「ここではあなたのお国より人生がもうちょっと複雑なの。恋だったらいつでもできるけど」。

このセリフにはどこか固い芯を持つリアルで強い女性でありながら、それでいてロマンティックなものを待ちわびているジーナの魅力が強く感じられるような気がします。

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マルコとの関係

マルコとは子どもの頃からの幼なじみ。

 

マルコが新しく帰ってきた飛行機でホテルアドリアーノへ華麗な飛行でマルコなりの挨拶をジーナに交わした時、ジーナの中でこどもの頃のマルコとの思い出が鮮明に蘇ります。

その思い出はマルコと飛行機に乗っていたシーン。その場面からどこか2人にはお互いに想いを寄せ合っている雰囲気が伝わってきます。

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時代は変わり・・・

時は過ぎ、イタリアは戦争という状況に飲み込まれていきます。

ジーナは飛行機乗りと3度結婚し3度とも死別しています。その内の一人であるベルリーニはマルコの親友。ベルリーニは結婚式を終えたばかりの体で戦場に戻り、そしてジーナのもとへ帰ってくることはありませんでした。

 

マルコはおそらく戦争とか友情とか恋とか、そんな人間関係がいやになって豚という姿を選んだのではないかと思います。

そんな豚の姿になってしまったマルコのことを、心の隅っこでジーナは思い、そしてマルコも豚という姿を選んだにも関わらず、ジーナのことを忘れられないでいるのではないでしょうか。

 

はっきりしない2人の結末だけど、どこか清々しく、イタリアらしいイタズラっぽくて愛らしいものを2人から感じます。